金銭感覚 2024.2.29
美味しい林檎が無性に食べたくなり、あるスーパーへ。今まで酒類に重点を置いていて果物類は生活の中にあってもなくても良かった。しかし酒量が大幅に減ってくると最近は果物に興味が湧いてきている。不思議だ。
林檎は、たまに食べたくなっても安価なもので良かった。最近昔の調子で安価な林檎を選んでいたがどうも期待している味と巡り会えない。外れすぎている。はて高価な林檎ならハズレはないだろうかとあるスーパーの果物売り場に。
雛壇には一個872円の林檎が鎮座している。これは間違いなく美味しいか? 美味しさと値段は比例するか? 値段でいったら一個千円以上の林檎だってある。 いかん! どうも私の価値観が追いつかない。しかし美味しさを追い求めて気持ちも上昇中で、一回ぐらい買ってみてもいいのではなかろうか。
872円と言ったらBarだったらカクテル一杯、ウイスキーのシングル一杯ぐらいの値段じゃないか。
「あ〜疲れた、今日もお疲れ様」と自分を労い、30分もしないでなくなる一杯ではないか。Barに行ったら躊躇なく使う金額だ。
それにしても林檎一個872円はいかんだろう! しかし私は2日前にもこの林檎の前を通り同じように悩んでいた……ええい! 今日こそ決行だ。
勢いをつけ、ひょいと雛壇から一個872円の林檎を取りレジに向かう。よし、買った。
家に帰り期待に胸膨らませ、丁寧に皮を剥く。大きめだから半分は冷蔵庫にしまう。そして食す。
私「まっ、まぁまぁかな〜……値段に見合った林檎でしたか?」
私「いや〜そうでもないなぁ。872円は高いんじゃない?」
やめた。林檎を値段で買うのはやめた。
それからは安価な林檎でいいと思うようになった。だが少しだけ林檎選びに変化が起こった。
私が店頭に並んでいる林檎を選ぶ時、今まで当然のように値段が同じならどれも同じでは? と思っていた。
違うんじゃないか……そして私はディスカウントスーパーの林檎売り場の前に立つ。バラで買える安価な林檎が50個くらい並んでいた。隈なく見ていく。
これかな?
「赤みが程よい」と思った林檎をひとつ買って家で食べる。
しっかりした甘味を感じる。美味しい! そうか、安価であろうが選べば良いものもある(そりゃそうよ)。今まで林檎選びに対して緊張感が足りなかった。
そして思い出す。Barで出されたフルーツはいつも美味しかった。 Barが恋しいというのではないが……。
昼も夜も、すべてのバーで。 2023.11.12
朝、駅に向かう途中、大通り交差点コーナーの歩道側に衝突などを緩和するための(ためであろう)ドラム缶型の置物(ポリエチレン樹脂で出来ている)がドンと置いてあり、 気になってwebで調べてみたら、それはどうやら「クッションドラム」というものらしい。
高さは私の腰のちょっと上くらいで、それを毎朝見るたびにバーの立ち飲みテーブルに丁度いいなぁと思いながら通り過ぎる。
ドラム缶型の天辺は、平らではなく5cmほどの高さと膨らみのある突起がデコボコしながら一周している。
真ん中には直径10cmほどの楕円錐型の突起物があり、デコボコの縁と真ん中の楕円垂の間10cmひと回りが平らになっているので、グラスは置ける。ドラムを囲むように3人位で立ち飲みできるだろう。
真ん中、楕円垂の上には小さな窪みがあるものの、ちょっとした珍味の小皿が置ける。クッションドラムの色は黄色で、胴体は赤・白チェックで包まれている。なんと愛らしいことか。
そう言えば、本物のドラム缶を立ち飲みの店で、ペンキを塗り替えたりしてテーブルとして使っているのを見たことがある。
このようにBARが好きな(好きだった)私は昼でも夜でも街を歩き電車に乗り移動しているとバーカウンター及びテーブルになりそうな物体を見つけ、ひとりその使い道を想像し、ほくそ笑んでいる。
駅構内では、結構ワクワクする。壁際から突き出た10センチにも満たない(アルミ製や木製の)板など見つけると特に夕方あたりから仕事帰りであろう男性がひとり、もしくは2、3人が構内のコンビニでビールやワンカップ、ちょっとした乾き物のつまみを買い、突き出た板の上にヒョイと置き、一息ついている。幅の狭い板は何の違和感もなく、バーカウンターに代わる。
「やっぱりね。そう来るよね」と、少々羨むが自分ではそれはなかなかできない。
私はそれを横目に、駅を出て繁華街のバーカウンターを目指す。
ある日の朝・昼・夕方。
BARって!! 2023.10.26
「BARFLY」(制作1987年、アメリカ)という映画で主人公の売れない作家ヘンリー(ミッキー・ローク)が、LAダウンタウンのBARで毎晩飲んだくれていた。1軒で帰る時もあれば数件のBARを練り歩く時もある。バーテンダーも客も顔見知りだ。
いつもうるさい客は今宵もまた喋りまくり、いつも同じ席で飲んだくれている女は、ポツリと意味不明なことを言うが誰にも相手にされない。酔うと喧嘩っ早くなる男、毎晩女を口説こうとする男。そんな男や女を横目に一人カウンターで飲むヘンリー。
だがヘンリーも静かに飲むばかりではない。バーテンダーに時々嫌味を言って喧嘩を吹っかける。バーテンダーは、客だからって軽くかわすこともなくカウンターを乗り越えて来て喧嘩を買う気満々だ。
ふたりは裏口から薄暗い路地に出て殴り合いを始める。またかと呆れながらも他の客らもゾロゾロと続き、今日はどっちが勝つか賭けながら観戦する。
どこの店でも喧嘩を吹っかけるわけではないが、ヘンリーとBARとの関係は、こんな感じだ。
幾度か喧嘩しているバーテンダーのいる店に、飽きもせず、また飲みに行くヘンリー。バーテンダーも渋い顔をしながらも受け入れる。
何だかんだ言っても〝馬が合う〟仲なのか? いや、そんな甘いものではない。客は、そこに酒があるから通う。店はとりあえず金を払う客だから受け入れる。ただそれだけだ……否、馬が合わなくもないのかもしれないが。
ヘンリーもたまにはBARで静かに飲み、気のあった客と話をする。
または隣に座った客と険悪になり口を付けたばかりの酒のグラスをドンと置き、BARを立ち去る。
何か羨ましいと言うには勇気がいるが羨ましい。BARが好きでBARで気持ちよく飲みたい。気取らず、リラックスして好きなように飲みたい。
だけど日本のどこかで飲んでいる私は、隣の客と険悪になっても、自分の身に危険が起こりそうもなければ、一口だけ飲んだ酒をカウンターにドンと置いて帰る自信はない。貧乏性というか酒がもったいないと思ってしまう。それにバーテンダーには多少気を使って酒を飲む。
いやぁ〜それはつまらないだろう。気を使うのは悪くないが、気ばかり使っていたらBAR通いが面白くない(といってもやはり気は使う)。そして面倒臭くなり行かなくなる。
BARの良さって? BARに通うって?
物語のヘンリーとその周りのbarの客らは、ハチャメチャなドリンカーだが、なぜか可笑しくて憎めない。力強さまで感じる。
BARってやつは……ほんとにもう!
飲み初めの記憶 2023.6.14
高校を卒業して新宿区の大手印刷会社に就職した私は、配属先は決まっていても研修期間ということで配属された課の中で、 幾つかの現場の仕事を体験することになった。
最終工程に近い製本部門で、製本された本のチェックから梱包作業、それを決められた場所に運び積み上げていく作業で、 それを昼休み1時間とっても朝9時から5時半(時間の記憶は不確か)まで続けるとまだ体力に自信があった私でも結構疲れた。
その現場には、早稲田か法政大学だったかの学生アルバイトが何人かいて、彼らはその仕事に慣れていた。 仕事が初めての私たち(新人の女性3名だったか)に教えてくれたり話も楽しく和やかな雰囲気で仕事が出来た。
週末には、彼らに誘われて歩いても行ける神楽坂の飲食店街にあるパブレストランへと繰り出した。 1970年代では現在(2023)の居酒屋と呼ばれる店は、あまり出来ていなかった。パブレストランという呼び方も今ではあまりしなくなった。 現在でいう飲食が充実しているホール広めの「カフェ」とでも言おうか……。
神楽坂のパブレストランには6、7人で行って各々好きなものを飲み、料理も数種頼んで、 会話の内容は覚えていないが楽しい時間を過ごした。
アルコール類をまだ飲んだことがない?私だが、 ウイスキーに興味があり店のメニューにあったサントリーリザーブを水割りにしてもらい飲んでみた。
まろやかで、ほんのりとした甘味があって美味しかった。 グラスは小さめのタンブラーだったが水割りで7、8杯飲んだ。直後、酔っ払った訳でもなく、ただ楽しかったのを覚えている。 しかしアルバイトの彼等に奢ってもらったのが少し心苦しい(うそ)。
どうやら私は、結構飲める方なのかなと思った。楽しい酒との出会いだった。
JAZZ 喫茶で過ごす。飲む。 2023.2
ある程度大きな音そして良い音でJAZZを聴き楽しむJAZZ喫茶に、この1年位前から時々行くようになった。 30年以上前にも通った時期はあったが、興味が薄れて行く時期を経て、 再びJAZZを聴かせる店でJAZZに浸り、ゆっくりしたいと思う気持ちが燻り出してきた。
店で黙々とブログなども書きたい。私は普段、 音楽や大きめな人の話し声がある所では文章はなかなか書けないが (話の内容によっては聴き耳を立ててしまうが)人の話し声がないJAZZ喫茶では、 書くことに集中出来る。良い音で聴くJAZZはたとえ音量が高くても邪魔にならないのだ。
そういうJAZZ喫茶にも私とは違う目的で来る人も当然いる。 たとえば「JAZZが流れている素敵なカフェがあるから今度行きましょう」 と友達を誘って入って来ているのではないかしらんと思う2人か3人づれのお客さんにも時々遭遇する。
仲の良い友達同士、どうしたっておしゃべりをしてしまうんだろう。おしゃべりも盛り上がり、 声も高くなってくると、こちらは一人で落ち着かなくなり早々に退散する。仕方ない、私の店ではないのだから。 そしてワンルームの自由に過ごせる「コワーキングスペース」があるではないかと自分をなだめて笑い、自宅に帰る。
さて今私が行く数件のJAZZ喫茶のメニューは、コーヒーに凝っている店が多い。 苦味のあまりないコーヒーをストレートで飲むのが好きだった時期もあったが、 今はコーヒーの苦味に敏感になって苦手にもなり、めったに飲まなくなった。香りは今でも好きだが……。
店に入って「少しの暗闇にJAZZ」というシチュエーションであれば、 ビールなど注文したくなるが、基本が喫茶なのでアルコールは置いていない店も多い。 私は初めて入る店のメニューにアルコール類があるか最初に確認する習性がある。
店は気に入っているがアルコール類がなく、 後はコーヒーと甘いジュース類と炭酸飲料となると何を頼んでいいか分からなくなる。 紅茶があればいいんだか。しかたない。なるべく味の薄いものを頼み、後は水を飲んでいる。
色々あるにはあるが、しばらく幾つかの気に入った店にまた寄らせてもらおう。
ビールと具だくさんの麺 2022.11.13
(まだ残業があった頃の話)
残業も終え、家に帰って遅い晩御飯の用意もする気もない時、軽くでいいから何処かで食べて帰りたい。 そんな時、中華・ラーメンは、すぐ頭に浮かぶ。本当は、飲み屋に行きたいが、明日もかなりの仕事がある。サッと飲んで食べてという時の中華店だ。
といっても胃袋も疲れているので、先ずは餃子を頼んでビールを飲みつつ……なんてやってると時間は過ぎ、明日は胃もたれでキツくなる。
そこで麺類。具(特に野菜)多めの麺だ。それとビールを一緒に注文し、それを飲み、食べ終わったら帰ると決める (昨今では胃の活動も衰えてきたので店員さんに「麺は少なめにお願いします」と付け加えるだろう)。
私の頭の中はこうだ。 とにかく仕事終わったらビールは飲みたい。そして軽く空腹も満たしたい。
先ずビールが先に来るだろう。そういえば以前あるレストランに入り、 昼時だったがビールとハンバーグ定食をウエイターに注文したら定食が先にきて、彼は直ぐ戻って行こうとしたので心配になり 「あの〜ビールのオーダー通ってますよね?」と聞いたら「あっ、もうお持ちしていいんですね」と返ってきた。
「な、な、なにぃ〜! こら〜」と心の中で叫んだが、 「はい、今がいいです。お願いしまぁ〜す」とコメカミの辺りに青筋が立っていたかもしれないが明るく返した。 若く初々しいウエイターだったが、「飲み物」といったらアフターのコーヒーや紅茶と一緒くたに考えていたのか? それともビールにあまり興味はないのか……はたまた、店の方針か? んなわけないだろう?……色々想像した。
話しが横道に逸れたが、中華屋さんで具多めの麺とビールを頼み、先ずビールが来る。できれば瓶ビールが良い。 冷たいビールを「とくとくとく……」とグラスに注ぐ音を聴きたい。そして徐に飲む。ほっと一息「今日も仕事が終わった」となる。 スマホや夕刊紙などをみていると、タンメン或いは五目そば或いはチャンポンが来る。この場合ビールを飲んでいる私に店員さんは 「タンメンは少し後にお持ちしますか?」などと聞いてくれなくてもいい。できたもんから、持ってきてもらっていいのです。 ビールの後を追うように麺が出て来てもいいのです。そうです、麺の具をつまみにビールを飲むのです。
ほっ……。 2022.10.12
(2022.10.10mon/満月の日_ホウヤバンカにて)
3連休のラスト。2日間家にいて夕方には胸から胃の辺りがムカムカして、少し心臓のドキドキも気になり落ち着かず、 外へ飛び出す。今日やっているであろうjazz kissaに来た。本当なら夕方だからビールだが胃の調子も悪く、 軽く紅茶でもとオーダーしたが今日は紅茶はなかった。胃のほう、大丈夫かと思ったが思わず「ではエビスビールを!」と注文してしまった。
美味しい! あの不穏なモヤモヤやドキドキは、なんだったのか。ビールとともに、ニーナシモンに癒され、 他に静かな曲もアップテンポな曲もいい音でいい気分になった。リラックスできて良かった。
亡くなった作家の「中島らも」がどこかに書いていたが、人間が辛いときには一日一人の天使「その日の天使」が現れると……。
今日の私の天使はこの場所だった。ほっ。
(最近の営業日/月・水・木・金の13時半〜19時)
思いがけずのワイン 2022.8.23
戴き物のワイン。 「イヅツワイン」(長野県塩尻市、株式会社 井筒ワイン)創業昭和8年の老舗だが、私はワインをあまり飲まないので知らなかった……いや、どこかでこのボトルは見ていると思うが気にしていなかったのだろう。
この白ワイン、やや甘口でフルーティとあるが、甘さがしつこくない。今まで飲んだワインの中でも「おやっ」と思うほどブドウの味がはっきりしている。それに酸味が控えめだ。赤も少し飲んでみたが白ワインの方が好みの味だ。
私がワインを飲まない理由として酸味が苦手というのが一番にある。 いや、これまで何度が酸味が強くても思わず「うまい!」と叫びそうになったワインもあった。 嫌いな要素がそこにあっても「旨さ」を感じるのは何故か? 酒であればその日の体調とかスチュエーションも関係してくる。勢いで「高いワインほど美味い!」と叫んでしまう時もあるが、そこだけでもないだろう。「旨さ」は深い。
この「イヅツワイン」は、井筒ワインさんのホームページを見るとスタンダードなワイン(1000円弱)で、他にも多種なワインが販売されている。スタンダードワインが美味しいとなれば他の種類も飲んでみたくなる。
ところで、一気に1本は飲めないので、ボトルストッパーを探していたら食器棚引き出し奥の方にむかし酒屋でもらったストッパーが2つ出てきた。一方には2006年と書いてある。嗚呼この頃ワインも飲んでいたかもな〜。
BAR夜警(池袋) 2022.7.13
「BAR夜警」は、池袋西口にある。店名の「夜警」は画家レンブラントの作品から。 静かにクラシックが流れていて、1人・2人で飲むのに丁度いい。先日、店には申し訳ないが7人で寄らせてもらった。
仲間のひとりが店の常連で、何かの催し物の折、置いてもらったというウイスキー、ロイヤルハウスホールド(43%)を、 一杯飲ませてもらったのだが、これが本当に美味しかった。飲んだ瞬間思わず「美味い!」と口に出た(高いと思う^^;)。
2時間貸し切りにしていただきありがとうございました。店主も優しく、良い店。
洋酒房 FULL HOUSE (池袋 1987〜)
2022.5.27
#久しぶりに通ったbarへ
FULL HOUSE は、池袋に住んでいた時、スーパーからの買物帰り路地をぶらぶら歩いていて見つけたbarだ。 雰囲気のよさそうなbarが出来たと喜んだ。「いつか入ろう」と、その日は寄らずに家に帰る。
そして次の休日も買い物帰りにbarのことを思い出し、家に帰るには少し遠回りになるが店のある通りへと向かう。 店の前まで来て、少しだけ寄って行こうかと思ったが、手にはスーパーのビニール袋。かなり迷う。
しかし足はbarの入口がある ビルの地下駐車場の坂を下り始めていた。 少し下ると左手に店内が見えるガラス窓があった。開店したばかりのようでお客さんはまだ一人もいない。 私はビニール袋を持っている手を後ろ側に回し、もう一方の手でbarのドアを開けた。
中にいたバーテンダーは、少し微笑み自然に向かい入れてくれた。 円形のカウンター、そう、馬の蹄鉄のような形。そして4人掛けと2人掛けのテーブルが一づつあり照明もちょうどいい。 流れている音楽はジャズだ。ターンテーブルもある。
何を注文したのか忘れてしまったが、しばしゆっくりできた。 いい空間だったと満足して帰る。
それからそのバーに時々通ったが、池袋から引越して今度は、たまに思い出したように出掛ける位だった。
そしてコロナ禍になり益々足も遠退き先日、何年かぶりに顔を出す。
数年前に素敵なジュークボックスが追加されていたのは知っていたが、全体の雰囲気はそのままだ。 35年づついているFULL HOUSE、ずっと残っていて欲しいbar。 池袋に舞い戻ろうかさえ思った。
さみしいようなさみしくないような 2022.5.4
帰宅途中ホッと出来る場所、居酒屋Yにいつものようにふらっと顔を出す。
最初に小生ビールと酒の肴を一品頼んでゆっくり飲み始める。
まだ早い時間帯で、客は私ひとり。数人いる店のスタッフは、皆愛想よく接してくれる。
若い男性スタッフAさんは、頃合いを見て話しかけてくる。
私も仕事仲間とはまた別の世界で働いている人と話が出来るのは色々発見があって楽しい。
Aさんは20代だ、たぶん。どちらかというと元気一杯のノリノリタイプではない。20代でも個性は様々だが、
ともかく今の若い人たちはどんな考え方をしているのか会話して少しでも分かるのはいいことだ。
親御さんより年上かもしれない私に、多少気を使っているのか、静かに時々話しかける程度だが。
そして私はどちらかというと店に入っただけで、まわりがパッと明るくなるようなタイプではないし、
自分でもなるべく目立たないように腰掛けて小一時間まったりして帰ろうと思っているのでAさんとの会話はちょうどいい。
さて、店に来るお客さんは様々だ。私がもうそろそろ帰ろうとしていた時、 見るからに明るく元気そうな30代位の男性のお客さんが入ってきた。店の常連であろう男性は、 すぐさまAさんに話しかける。Aさんもその男性と同じようなテンションで応える。元気一杯ノリノリの若いふたり。
あらま! Aさんは、本当は私が想像する「物静かな若者」でもないのかもしれない。 いや、お客さんを接待する立場だから私を接待することと、 かなり親しいかもしれないその常連さんを接待することも「接待」には変わりない。 気を遣っているから相手によって接待の仕方を変えているともとれる。
しかし、そういう情景に出くわした時ふと思う。私は普段から人と接する時、
暗そうに見えているのかもしれない? もうちょっと口角上げ、声も高めに喋った方がいいのかな?……
そうすれば明るい印象になりそうだ。人生も折り返して周りの人たちに助けてもらうこともあるだろうし、
若い人に限らず、ご近所の方ともコミュニケーション取ったり、
何かのサークルに入ったりとか積極的に関わっていった方がいいのだろうと、
時々そのような行動を起こすこともあるがすぐ疲れ、仕事以外は、ほぼ一人で行動する生活に戻ってしまう……。
「まあ、無理せずに」と呟いたりする。
飲み屋の「かたち」 2022.4.4
1990年前後、都内の大きな駅から歩いて10分位の所にあるアパートに住んでいた頃、 駅近くの個人経営の居酒屋に時々通っていた。
「ママ、そろそろ帰ります。おいくらですか?」
「はーい、ありがとうございます!」
店主(ママ)は、大きめのそろばんを弾く。
「〇〇ちゃん、4000円です」
私は値段を予期していたかのように財布の中の5000円札に手を掛けていた。それを渡し、お釣りをもらう。
店でよく会う常連のHは、飲み代を月末にまとめて払っていた。Hも割と決まった金額だったようだ。
私がこの店でひとり飲む時の飲み代は、多少前後してもほぼ4000円だ。 いつも注文するお酒もつまみも一緒というわけではないが4000円だ。 4000円にしては随分飲んだなという日もあつた。 ツッコミを入れるとすれば、 店主のそろばんを弾くという動作と4000円というほぼ決まっている金額にギャップを感じる(笑)が…。 逆にこちらから今日はこれでお願いしますと言って先に飲み代を渡すことも気楽に出来た。
きっちりとした明朗会計の酒場がいい、そういう飲み屋は嫌だというなら行かなければいい (私も基本は明朗会計が一番だと思っている)。
色々思うところがあっても、この店が面白いから通っていた。
ある常連のサラリーマンSは、仕事帰りにニコニコしながら店を訪れ、 酒は殆ど飲まず店の手伝いをして帰る。
また常連Kは仕事をリタイヤして普段は家に篭っているが、月に一度くらい店に顔を出し、 腰痛持ちなのか腰を押さえながら店の開店から閉店まで酒を飲み、店の手伝いらしき事も多少やり、 閉店後は店の座敷スペースに座布団を並べて寝る。その調子で5,6泊し、家に帰っていく。 勿論店主は容認している。
この店に通うひと達が特別個性的という訳ではないが、なにか面白い空間だった。
いや、ママは個性的だ‼︎
私の「小一時間」 2022.3.8
小一時間というと、大体1時間弱と認識している人は多いだろう。
私の場合この言葉が頭を過るのは、ひとりで今から飲みに行くという時だ。
明日も仕事で長居は出来ないけど一息付きたい。スマホなど見ながらボーッとしたい。
それが小一時間だ。30年前は、ここで言うスマホは、夕刊フジや週刊文春だった。
私の「小一時間」は、40分から90分位。ボーッとしたいと思うので、喋りたくないと言うことなのだが、 ついさっき終わった仕事で結構喋ってきたかというとそうではなく、 むしろ仕事の打ち合わせ以外ほとんど黙ってパソコンに向かって仕事をしていたので、 気分転換に誰かと喋りたいという気持ちはあるが、 店で店主なり他のお客さんと話を始めても途中でくたびれてしまったりとなんとも加減が難しい……。 結局、押し黙ってスマホ見たり駅売店で買った夕刊など読む事が多いのだ。
しかし、押し黙りのなかでも少しお酒が入りスマホの中身・新聞の内容で、 自分なりに盛り上がる(ニヤニヤとはしないが)こともある。それでも60分もすると煮詰まるというか飽きてくる。 そして他のお客さんが、ちらほら入ってきて店の回転なんかも考えちゃって、 ひとりで来て混んできたらサッと飲んで帰る良いお客さんを演じたくなる時しばしば。 または本当にもう充分だと席を立つことも勿論ある。 飲み屋は、店の雰囲気やそこで働いている人と、束の間飲ませてもらう自分との関係で感じる時間が変わってくる。
時間のことでいうと、江戸時代には時間の単位を昼夜6等分づつ、 今でいう2時間単位で区切っていたから今よりずっと大らかだったはずだ。「酉の刻」は夕方5時から7時くらい。 酒飲みは、この時間帯が待ち遠しかったと思う。 この2時間位の間で切り上げ、家で休めば又翌日も元気に働ける。
現代は様々な働き方があり生活様式が違うが、 「小一時間」という言葉は江戸時代の生活から来たんだろうなとぼんやり居酒屋のカウンターで考えていた。
飲みしろが医者代に。 2022.1.24
当たり前だか、若い時は無理も効いて平日の夜、酔っ払うくらい呑んでも翌日はいつも通り仕事をしていた。
そして飲み代は時に、自分には痛い金額であっても楽しい酒席を過ごせたなら後は他で調整すればいいかと気持ちはスッキリしていた。
そして、仕事をやり続けるという軸がぶれなければ何とか生きていけるだろうと。
収入もそんなに良い方ではないので普段は、安価な居酒屋などが多かった。安くても美味しい店は沢山あった。
しかし酒場は、「美味しい酒と肴さえあればよし」でもなかった。
酒の肴が私には全く合わない、気に入った酒がない……という場合でも時々行ってみたくなる店はある。
それは、適当に放って置いてくれるとか、逆に話し相手になってくれるとか、あの女将のきつい言葉を聞きたいとか、 爆音ジャズの真っ只中に居たいとか、店主の仕事への向き合い方が好きだとか……はて?これは面倒な客かもしれない。
そうこうしているうちに歳をとり後悔もいくつか引き摺って、 重大な病気を抱えている訳でもないが身体はくたびれ、今は、まず酔っ払うまで飲めない。
そして、カレンダーには通院のスケジュールがぽつぽつ並んでいる。
例えば、2日前の病院a 4910円、今日の病院b 2190円。
今月は少し通院が重なったが、
よく一人で飲みに行っていた頃、飲み代が2000〜4000円位だったので、病院領収書の数字を見て、
「ああ、今日は少し飲み過ぎた時の金額だ」などと反応してしまう。
人間は死ぬまで、何処かでお金を使うようになっているのか……。
私の今昔を思い出し思いつつ、一昨日からの禁酒をあと3日は続けようと軽く決意した日曜日に。
Jazz barとbar 2021.12.24
(1980年頃を振り返って、そして現在まで)
1980年頃東京都豊島区、都電の駅のある雑司ヶ谷に住んでいて、友達の影響だったと思うが、ジャズやブルースが好きになった。だったらレコードを買えばいいじゃないか(CDはもう少し先だった)と思うだろうけど、アパートで大きな音で聴けないし、ヘッドホンも好きではなかった。それより好きな音楽をある程度の音量で聴けるbarや酒場を探していた。もう一つの理由に幼児期、父の楽しそうな晩酌を見ていて、大人になったらこんな楽しみがあるんだと心の中で楽しい飲酒の場を期待していたようにも思う。
二十歳頃には、自分はまあまあお酒は飲めそうだという自覚もあった。
ある時『レコードコレクターズ』という音楽雑誌を見ていたら都内のジャズやブルース、ロックのbarや喫茶店の広告が掲載されていて、都電の最寄り駅「雑司ヶ谷」から三ノ輪方面へ10分位乗った「庚申塚」駅近くにJazz bar「ぺーぱーむーん」という店を見つけた。アパートから一番近かったので思い切って行く。当時、都電に乗るのが好きで、それに乗って通うとなればウキウキもする。そして一人で行く以外考えなかった。 古い木造二階建の一階で、6人腰掛ければぎゅうぎゅうになりそうなL字型のカウンターとテーブルは2人掛けが一つあったかもしれない。小さな店だった。
その後この barが気に入り勤めていた会社も近かったので近所に引っ越した。 ジャズは、特に誰が好きというわけでもなく、漠然とピアノに興味があった。アルバムも色々聞かせてもらい、デュオやトリオ、クインテットやビックバンドまで聴き、お酒と共に十分楽しめたが店は通い始めてから半年で建物取り壊しの理由だったか閉店になった。
通い詰めた店なので知り合いも増え後々付き合っていく友達もいた。barはその後、池袋に移り2021年現在、健在である。
私は、その後Bluesに傾倒してBlues barによく通った。 ライブにも行ったが結局、 barでお酒を飲みながら音楽を聴くというのが一番好きなんだと思う。
そのうち音に疲れたのか自分自身が疲れたのか、静かな酒場で飲むのが好きになった。 音楽が微かに流れているか流れていない店では、そこで働く人達をぼんやり眺めている。そして、その働く音を聴くのが好きだ。カウンター内で食器を洗う音、お酒をコップに注ぐ音、ある店では女将さんの下駄を突っ掛ける音が心地良かった。
そうこうしているうちにまたジャズやブルースが恋しくなり音と酒を求めてカウンターにひとりなだれ込む。 そんな繰り返し。 私はアル中ではない。
そして2020年からの新型コロナウイルスの出現で店も暫く休業を余儀なくされ飲みに行けなくなるのだが私はここ数年徐々に酒量は減り酒場にもあまり行かなくなっていたので、飲みに行ける店がなくともあまり困らなかった。
やがて徐々に飲食店は営業再開され、またぼちぼち行ってみる。
飲みながら他愛もないことを考える。一人でも仲間とでも。
そしてかなり覚醒されていく(ような)気がする。
これかもな。家とは違う。
グラスにウォッカ、その時間はたったの4秒 2021.11.1
よく知るバーで数十分かでも私の他にお客さんがいない時間があると店には申し訳ないが嬉しい。お酒を作る音、注ぐ音が静かな空間に響くのが気持ちいい。
その日、久しぶりにBarに寄った。店主は店をひとりで切り盛りするオーナーバーテンダーだ。早い時間帯だったこともあり客は私ひとり。挨拶をし、カウンターに座る。
仕事が終わった直後で、のどが乾いていたので先ずビールの小瓶を注文する。店主と二言三言話をしながらビールを味わう。 さて、つぎは何を飲もうかと店主の背中にあるウイスキー棚を見渡す。 実は見渡しても選ぶお酒はだいたい決まっている。しかし、今日は少し替えたいと思った瞬間、
「オールドウォッカをショットで」と口に出していた。「オールドウォッカ」のストレートは、私にとって仕上げの酒だったが頭と気分がスッキリしているうちに飲んでみたくなった。 店主は、すんなり「はい」と返事をしてくれた。
その時、店の電話が鳴る。サッと受話器を取った店主は一言二言で用を済ませ、冷凍庫からウォッカを取り出し、ショットグラスに注ぎ私の目の前に置く。 冷凍庫から取り出し4秒で現れた美しい琥珀色のウォッカ。その動作は、素早くしなやかで見事だった。静かなジャスと共にゆったりした時間が流れる。
「もうそろそろお客さん来てもいいよ〜」
と心の中で呟く。
酒飲み父に付きあう幼い私
私が30代の頃、7つ違いの姉が教えてくれた。 私たちの父は昭和30年代から40年代位までだったか自転車で約30分の街にある会社まで通っていた。鉄道会社の保線作業員(線路工夫)だった。 夜勤の日も時々あり、体力的にきつい仕事だ。月一回の給料日には仕事仲間と酒を酌み交わし、帰宅途中漕いでいる自転車から崩れ落ちるように倒れ、道路脇で寝入ってしまうことが時々あったらしい。
父の通った道はその10年後、私も高校への自転車通学に使った道でよく知っている。 道中急な坂、なだらかな坂といくつかの坂を越えなければならない。部活で疲れて帰る日は特に辛かった。 父が酔っぱらって力尽き倒れたのは、あの坂か、それともあっちの坂か……と想像した。 私は通学時その幾つかの坂が辛くなってバス通学に切り替えていた。
当時、まだ私は小学生にも上がっておらず、そんな父のエピソードを全く知らなかった。
覚えているのは休日、家で機嫌よく酒を飲んでいる姿で、その父の顔を見上げながら
「あたいがうんまけてあげる(私がお酒をついであげる)」と、父の飲み干したおちょこに次々と酒を注いで付きあった。[2021.7 記述]
父の飲む酒はビールから日本酒という流れだったが、私の普段の晩酌はビールから芋焼酎。
写真は宮崎県えびの市にある明石酒造から取り寄せた芋焼酎「明月」。
そして大正15年、種田山頭火が旅の途中俳句仲間に送った文面がそのまま焼酎の名になった
「初メテ藷焼酎ナルモノヲ味ハイマシタ。」(「宮崎県京町にて」)夏向き焼酎。
「明月」は、最初一升瓶で注文したが、家で飲むんだったらパックでいい。
明石酒造の定番「明月」は飽きない、おいしい。
酒のつまみ ラミ〜!
最近、仕事が終わって家で飲む時(二杯ほどで終わる)つまみは極力少なくしている。 しっかり食べると胃もたれするし、少し摂生したいと思っているからだ。だが! 締めのひとかけらチョコにハマっている。ロッテの「ラミーチョコレート」。 チョコの中にラムレーズンがビッシリ入っている。barで飲む「マイヤーズラム」を思い出す。
特にこの2、3年は秋も深まるとスーパーやお菓子屋さんのチョコ棚を気にするようになった。 そうラミーチョコは冬季限定なのだ。余談だが北海道では夏季限定でラミーチョコアイスが販売されるらしい。 いつになるかわからないが函館か札幌競馬場の夏競馬に行った時でもぜひ食べたい。
むかしからラミーは好きだったと思い販売開始を調べたら1965年だという。 根強いファンが多いのだろう。 酒の強かった40代ぐらいまでは酒飲みの突っ張りというか、口に出しては言わないが 「甘いものなんか食ってられるか」とそっぽを向いていたが、 最近はそんな勢いもなく、美味しくて好きなものを少しづつ食べたいという傾向に自然となってきている。
そういえば酒豪の父も晩年は甘納豆で酒を飲んでいた。
歳をとると酒飲みは甘さを求めるのか。
[2021.2 記述]
追記(8月現在):ラミーアイス、楽天で24コ入4980円で売っていた。
デパ地下惣菜の量り売り
時々、仕事帰りにデパ地下で持ち帰ってすぐ食べられるそう菜(酒の肴)を一品買って帰る。美味しいが少し高い。といっても居酒屋などでは一人分のお刺身盛り合わせを頼んでも800〜1000円位してしまうことを考えればそんなに高くないか…いやいやそれとこれではちょっと違う? デパ地下内のお気に入りの店のそう菜は、100g300円台から450円位まである。 最近夜は、たくさん食べられないので、一人で200gは多い。かといって100gでは物足りない。
ショーウインドウの向こうの少し高い位置にいるマスク姿の若いお姉さんに「200弱で」とマスクの私はいう。彼女は、プラスチックの器にそう菜を盛り秤に乗せる。それは206gの数字を表示。私が「あっ200弱で」ともう一度言う。 ややこわばった顔の彼女は少し減らし再度秤に。今度は202gを表示。私は少しイラッとしたがすぐに察した、「ああ、彼女は200gジャスト」と聞き取ったのだと思った瞬間、気恥ずかしくなり「あっそれでいいです」とむりやり完結させる。 アワワ、細かいおばさんと思われたか? 実は200g弱なら190gでも170gでもいいのだ。
惣菜一品でやりきれない気持ちになる。次回は言い方を変えよう。丁寧にゆっくりこう言うのだ。
「150gぐらいでお願いします」と。
世の中は誤解でなりたっている。そしてマスクを少し呪うのだった。
[2020.12 記述]